速水御舟


友人たちに、「山種美術館」一押しの速水御舟の展覧会に行きませんか?と打診し、話しがまとまりその日を楽しみにしておりました。明日がその日だと、いつものように忘れないようにと「メモ」を書いてテーブルに置きました。明日は○○さんたちと11時にと!

そして当日。風邪気味のため体調がイマイチ。それに気をとられ、夕方からの予定だけを頭に浮かべ気ままに過ごしていました。テレビでは認知症は初期段階の対応でその後に大きな違いが現れると伝えていました。フーンと言いながら適当に聞いていました。

そこに携帯電話がいつまでも鳴っています。「なんだろう?」と思いながら出ると、昨日メモに書いた友人の声が「どうしたあ~」と優しい声で!一瞬にして凍った私!約束を失念してしまったのは、他の方のと合わせて今回で3回目!普段の自信が総くずれ・・・。テレビでの初期の認知症とは私のことだ!私には治療が必要なんだ!ときっちり認識。

あわてて、その電話で友にその後の段取りをお願いし、無事に友人たちと合流することが出来、ほっとしました。あくまでも優しい友人達に、私が反対の立場だったらどんな感情を持つかと想像し、頭が下がるばかりでした。

友人たちとゆっくりとした昼食を済ませた後、一人山種美術館へ向かいました。速水御舟のことは大分前に知人から教えてもらいました。その方はとても御舟がお好きで、良く話題に乗りました。ポツリ・ポツリと御舟を語るその雰囲気が私は大好きで、作品とその人となりを想像で膨らませていました。

展覧会場は、御舟一色!混雑度もいつもと違い相当。はやる気持ちを抑えながら、一点一点ゆっくり鑑賞していきました。知人がいるかなあとふと思ったのは、最後の「炎舞」を見終わった時。

御舟は早くも明治期の10代に才能を見いだされ、大正・昭和を向かえわずか40歳で病に倒れるまでの短い生涯でした。その御舟の作品は、波乱万丈の何物でもありませんでした。私は写実・朴訥・仔細と多岐に亘る作品に対峙し、思う存分に生きた御舟を始めて肌で感じることが出来ました。もしも知人と語りあえたらとふと思いましたが、思うことでいいのだと思い返しました。絵画鑑賞は、自分の心と出会えるところ。それが大事なことなのだと、自らに自然に言い聞かせていました。

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